モルドバは幾多の領土の占領や併合を余儀なくされた

東ヨーロッパにあるモルドバと言う国は、正式にはモルドバ共和国と呼ばれています。

共和制国家であり内陸国で西にルーマニアと他はウクライナと国境を接している国です。

この国は、旧ソビエト連邦を構成していた国家の一つです。

いったいモルドバとは、どのような経緯で生まれた国でしょうか。

言語や文化の面ではルーマニア人との違いはほとんどありません。

歴史的には中世のモルダビア公国以降には、トルコ、ロシア、ルーマニアの間でこの国の領土は繰り返し占領されたり併合された経緯があります。

歴史的な背景を紹介します。

この国は、古代からモルドバ平原にダキア人がいましたが、その後にやってきたローマ人入植者も加わった後に、この地帯独自の文化が形成されてきたといわれています。

ローマ軍が撤退後になってから、ヨーロッパとアジアを繋ぐという重要な位置にある土地柄のため戦略の地とされています。戦略中世には、モルダビア公国の東部を構成していました。

その後、16世紀にはモルダビアはオスマン帝国の属国になったのですが、他のバルカン諸国と違って部分的な支配に終わりました。

ロシア・ドイツ戦争の結果、ブカレスト条約の後にはベッサラビアとして帝政ロシアに併合された経緯があります。

その後に、第一次世界大戦終了の1918年にはベッサラビアは独立宣言をしてルーマニアの一部になりました。

さらに、ソビエト連邦はベッサラビアを占領し、その後モルダビア・ソビエト社会主義共和国が建国されたのでソ連の一部となります。

独ソ不可侵条約が破られたため、ドイツ寄りの政権を維持していたルーマニアはベッサラビアとウクライナの一部を併合してかつての領土になります。

1944年ソビエト軍の侵攻で、モルダビア・ソビエト社会主義共和国に戻ります。

スターリン政権でしたので、ルーマニア系住民がカザフスタンやシベリア送りとなった歴史があります。

1991年8月にソビエトが崩壊しますが、モルドバとして独立を宣言します。

同年12月には、独立国家共同体に加盟します。

この国が経て来た歴史とは、このように幾多の領土の占領や併合を余儀なくされたのちに、独立した国家ですので、独立した当初には、ルーマニアへの再統合を望む声もかなりありましたが、1994年に国民の支持を受けて独立国家として歩むことが決まりその道を選んでいます。

この国は、現在でも軍事的に中立国のままでEU加盟を目指しているのも、これまでの歴史に裏打ちされているといえるのではないでしょうか。